北川悠仁の実家は宗教家「かむながらのみち」?家族構成や生い立ちまとめ

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ゆずのボーカルで、数々のヒット曲を手掛けている北川悠仁さん。

プライベートでは、アヤパンこと高島彩さんとも結婚し、パパになっていますね。

そんな北川悠仁さんですが、実家が新興宗教団体の教祖という噂があるのです。

今回は、北川悠仁さんの実家について、調査しました!

北川悠仁の実家は宗教家「かむながらのみち」!

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北川悠仁さんの母親は、宗教家「かむながらのみち」の教祖です。

かむながらのみちとは、古くから日本で伝統的に信仰されており、「自然と共生し、祖先を大切にする」という方針のようです。

父も信仰していたので、家族で宗教信仰をしているようですね。

「かむながらのみち」は、母・敬子さんが1999年5月に設立した宗教法人で、本部は実家の横浜市磯子区岡村にあります。

関西~北海道まで、10か所も拠点を持っているようで、1200人を超える信者が全国各地にいます。

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敬子さんは「かむながらのみち」を設立するまで、「解脱会」という団体に入信していました。

しかし、北川悠仁さんが、ゆずとしてデビューしたため、スキャンダルが問題視されて1999年2月に脱会しているようです。

母は「かむながらのみち」の教祖

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北川悠仁さんの母・敬子さんは、大阪府阿倍野出身です。

その後、父親の実家がある福井県敦賀市に疎開しているので、福井出身と思われているようですね。

北川悠仁さんの母が新興宗教の教祖とスクープされてからは、ファンはショックを受け、騒ぎ立てていたようですね。

山梨県小淵沢市に、かむながらのみちが所有する身曾岐(みそぎ)神社があるのですが、北川悠仁さんはその神社を買い取っています。

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山梨で最も知名度が高い神社で、初詣の代表的なスポットです。

そこでライブ活動をおこなっているので、まったく関係がないとはいえませんが、ゆずとしては宗教活動はしていないようですね。

北川悠仁さんと高島彩さんも、この「身曾岐神社」で結婚式をあげています。

北川悠仁の家族構成は?

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北川悠仁さんは、両親と17歳上のお兄さん、3人のお姉さんの7人家族で生まれ育ちました

北川悠仁さんの幼少時代は、とてもお姉さんっ子だったそうですよ。

いつも3人の姉が遊んでくれていましたが、しょっちゅう喧嘩もしていたそうです。

父の北川和男さんは、2008年6月10日、病気でこの世を去っています。

生前は、「かむながらのみち」の会長を務めていました。

早稲田大学出身で、部品製造会社「北川精密工業」を経営し、宗教家として活動していました。

2009年にゆずがリリースした「逢いたい」は、北川悠仁さんが父親に捧げた曲だそうです。

北川悠仁さんがお父さんの訃報を聞いたのは、ツアーの真っただ中でした。タイミングがよく、最後を看取る事が出来たそうです。

北川悠仁の生い立ちは?

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北川悠仁さんの「悠仁」という名前は本名なのですが、天皇家の男の子につける「~仁」にあやかり、両親がつけたそうです。

両親は北川悠仁さんを、宗教団体の中でも特別な存在にしたかったようですね。

両親は解脱会の中でも幹部クラスだったので、デビュー当時は信者達がゆずのCDを大量に購入していました。

幼少期、お兄さんが使っていたドラムセットを借りたことがきっかけで、音楽に目覚めました。

デビュー前から作曲をしており、家族にバレないように、布団をかぶりこっそり録音していたそうです。

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ミュージシャンになる前は、俳優として活動しており、1995年にオリジナルビデオ「女子高生コンクリート詰め殺人事件 -壊れたセブンティーンたち」に、少年C役で出演しています。

Vシネマなどにも出演していたのですが、あまりに過激な内容だったため、両親は教団内で批判を集めてしまいます。

そのため、解脱会を抜けて、現在のかむながらのみちを創設したのです。

デビュー当時、北川悠仁さんを支えてくれた信者の人たちのために、将来的には後を継ぎたい、と話していたとか。

しかし、北川悠仁さんには兄がいるので、お兄さんが跡を継ぐようですね。

その後、1997年に「ゆずの素」でインディーズデビューし、1stシングル「夏色」がヒットしたことで、一躍人気ミュージシャンとなりました。

高島彩も入信した?

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高島彩さんが北川悠仁さんと結婚する際は、嫁姑問題が勃発していたようです

敬子さんは、高島彩さんに仕事をやめて、教団に入信するよう条件を出します。

婚約までは、母親にしたがい宗教活動に参加していましたが、結婚後は活動していないようですね。

結婚までの6年間、ずっと教団の修行に耐えてきたと考えると、とてもつらいですね。

高島彩さんは仕事も辞めず、教団にも入信しないと主張しましたが、表向きは宗教活動はすると、北川悠仁さんに言っていたそうです。

そのため、結婚後すぐに嫁姑問題が勃発しています。

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2012年1月、教団の集会で、信者に高島彩さんをお披露目する予定だったのですが、直前になってドタキャン。

敬子さんは怒り心頭で、「裏切られた」「許せない」と激怒していたそうです。

結婚前は宗教活動をしていただけに、裏切られた気持ちだったのでしょうね。

北川悠仁さんは、どちらかというと母親の味方のようで、夫婦仲が悪化し、離婚秒読みともいわれていました。

ただ、高島彩さんが結婚まで我慢して宗教活動をしていたのは、理由がありました。

高島彩さんの著書「聞く 笑う、ツナグ。」の中で、「20代後半頃は無償に結婚したかった」「子供は3人ぐらい欲しい」と話しています。

当時は結婚願望が強く、結婚するまでは意地でも北川悠仁さんと別れない、と思っていたのでしょうね。

その後、2014年2月17日に待望の長女を出産しました。

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そして、敬子さんが住む実家の隣に、高島彩さんが1億8千万円ほどの豪邸を建てます。

今ではみそぎ神社にも通うようになり、子供が生まれたことで、気持ちの変化があったのかもしれませんね。

ただ、2019年にはふたたび嫁姑問題が勃発し、子供の教育をめぐって対立していると報じられます

教祖である敬子さんは高齢ですので、高島彩さんが次期教祖との噂も・・・

ただ、夫婦そろって基本的にプライベートについてはノーコメントなので、真相は闇の中ですね。

まとめ

今回は、北川悠仁さんの実家について、紹介しました。

母の敬子さんは、宗教家「かむながらのみち」の教祖で、家族も入信しているようですね。

北川悠仁さんは基本的に宗教活動をしていないようですが、嫁の高島彩さんも協力することもあるようです。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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